696 名前: おさかなくわえた名無しさん 投稿日: 2010/04/24(土) 10:14:34 ID:Lx5/Xh3W1800年代後
半、日本とメキシコの間に国交さえなかった頃。 金星の接近を観測するため日本にやってきたメキシコの観測団は、 日本に観測所を建て
る、どころか、どこで観測して良いかも判らないといった状態でした。 とはいえ、わざわざ遠方から学術研究の為に日本に来たメキシコ人。
その使命感に敬意を感じた日本政府は、当時外国人の居住さえ認められていなかった横浜に観測所を建てることを許可しました。 特
例中の特例の扱いに、メキシコの観測隊も感動。 代わりに、日本人実習生をこの観測に受け入れることを申し出ました。 スペイン語どころ
か、英語すらろくに話せない日本人実習生を、です。 日本もこれにはいたく感動し、快諾。日本人実習生4人が、先進の天文学に触れること
になりました。 その後、観測隊の一員であったフランシスコ・ディアスは「日本旅行記」という本を書きました。 「日
本国民よ、日本を訪れる外国人との交流が日本の将来に影響ありとするなら、 今後の祖国繁栄を願って、外国人の意見を大いに摂取するがよい。
われわれも絶大な協力を提供しよう。 われわれは日本民族が幸福になる価値が十分にあると信じている。 日本人は品位があり、紳士的
で勤勉で、勇敢にしてかつ法に恭順な民族だからである。 私の祖国が将来日本と友好関係を結ぶことを、そしてまた将来日本と同じ位 多
くの友を得ることを祈念している」 そして、1888年。 欧米列強との不平等条約に頭を悩ませていた日本と、 東洋と国交を開
きたいメキシコとの間で「日墨修好通商条約」が結ばれました。 完全な平等条約、アジアを除けば日本にとって初めての平等条約です。 メ
キシコは、かつての観測における友好を忘れておらず、 数ある東洋の国から、対等なパートナーとして、 まったくの後進国であった日本を
選んでくれたのです。 メキシコの駐日大使館は、現在も当時と変わらず東京のど真ん中、永田町にあります。 こんな一等地に、一
戸建てのキレイな大使館を構えているのはメキシコだけ。 平等条約締結のお礼として、明治政府がこの土地を提供したからです。
—
育児板拾い読み@2ch メキシコと日本 (via un-titled) (via oharico) (via bo-rude) (via kml) (via ipodstyle)
2010-04-25
(via gkojax-text)
(via shin1-p)
(via quote-over1000notes-jp)
(via shayol)
(via sakuma)
(via plasticdreams)
(via yellowblog)
もう少し説明すると、「人の目を気にする」人間の大半は、「自分の周囲の少数の人の目を気にしている」だけである。
そして、「人の目を気にしない」というのは、自分一人だけの判断をしているのではなく、逆に、「もっと確かな目(あるときは、もっと大勢の目)」による評価を想定している、という意味だ。
それは、「今の目」だけではなく、「未来の目」にも範囲が及ぶ。
—森博嗣 : 自由をつくる 自在に生きる (via morimomiru)
(yellowblogから)
How great would it be if you could just pack up and go live in one of these?
A lot cheaper than most houses too
I whole heartedly agree
(blognfoolから)
一流研究者への道
ふと思いついたことを書く.
以前,とある老教授から聞いた話を思い出してTumblrへこう投稿した.
大学院博士後期課程を出た直後ぐらいの研究者を五流としよう.その後の道は,
五流→四流→二流
という道と,
五流→三流→(壁)→一流
という道がある.これを図にしてみよう.
学位取得直後ぐらいが五流(柿の種)だ.ここから,莫迦になってオリジナリティを求める渋柿コースと,賢くものまねをする甘柿コースに分かれる.甘柿コースを選ぶと,すぐに四流(未熟な甘柿)にはなれる.一方渋柿コースだとなかなか上のランクである三流(渋柿)には上がれない.
甘柿コースで四流になると,普通はそこから「駄サイクル」を回すことになる.身内だけで褒め合うってやつだ.業界が未熟な場合は身内褒めをしつつ一定数の仲間を増やすことも必要だが,四流しかいない駄サイクルはまず何も生まない.しかも悪いことに,駄サイクルを回しているうちに四流の研究者はしばしば二流(甘柿)になる.自分たちが勘違いしているうちに,世間も勘違いしてしまうという流れだ.もっと悪いことに,二流は世間的には三流よりも上である.
多くの研究者は三流を目指して去っていくし,なれたとしても三流は世間的な評価が低い.こうして二流ばかりが残る. 三流になるためには莫迦に徹しないといけないし,そこを突き抜けた大莫迦だけが一流(完熟柿)になれるのだから,割りに合う生き方とは到底言えないだろう.
と,ここまではその老教授の話の受け売りだ.件の教授はさらに「だが若者よ,三流で終わることがあっても一流を目指せ」と続けたことは言うまでもない.
最近この話には続きがあることを思いついた.次の図を見てもらいたい.
一流の中には,歴史の中で成熟されるレベルの超一流(干柿)がいる.一方で,世の中には超一流と並んで「超二流」という人々もいる.駄サイクルを超えた超駄サイクルを回すことで,世間的には一流と見分けがつかない完熟柿になる人たちだ.
超駄サイクルとは何か.メディアや業界団体が世間を巻き込んで,二流の人物をヒーローに祭り上げる駄サイクルだ.超二流の例は枚挙にいとまがない.そして,超駄サイクルは,我が国では東京にしかない.超駄サイクルを回すには,それなりの経済規模と文化規模(注:深度ではない)が必要なのだ.
ひとりのエンジニアとして一流を目指すのは当然のことだが,また同時にTEDxキュレータとして,一流と超二流を見分ける目を持っていたいと,僕は思う.
(出典: blog-pineapple-cc)
(yellowblogから)
昨日久しぶりに海遊館行ってきたんですが、新エリアにいる人なつっこいゴマフアザラシが、ずーっとお客さんに微笑みかけてるのがすんごい幸せだった…かわいい
(yellowblogから)




